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	<title>読書録 - 朝活ナースの徒然日記</title>
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		<title>暇とは何か。退屈とは何なのか。【暇と退屈の倫理学】</title>
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		<dc:creator><![CDATA[朝活ナースさゆ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 26 May 2022 22:40:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[日々のお話]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>学びて思わざるは則ち罔し 孔子 読書ナースの世界へようこそ。 冒頭の孔子の言葉は、座右の銘のうちの一つです。 知識をインプットしても、それを咀嚼しないと意味がないという、先人の碩学であられる孔子先生の言葉には、ただただ頭が下がります。 そんな孔子先生のお言葉に倣い、私が最近読んだ本についてアウトプットも兼ねて紹介します！今回ご紹介するのは、哲学者である國分功一郎先生の「暇と退屈の倫理学」です。 皆さんは暇と退屈の違いをご存知でしょうか？ 本著は二つを明確に区別し消費やルーティンとの関連性も明らかにしています。 それではみなさんを退屈ではない世界に誘いたいと思います😊 ※あくまで個人の感想や考えを書き綴っておりますので、その点ご了承ください 本書との出会い 私には読書好きの友人がいます。 読書欲が湧いた時には、その友人にオススメの本を紹介して貰っています。 うーん。たしかに暇や退屈の根源的なことを考えるのは今後の人生に役立ちそうだ。そう思い、本書を手に取り思索に耽るのでした。 暇と退屈の倫理学増補新版 [ 國分功一郎 ]価格：1320円（税込、送料無料) (2022/5/26時点) 楽天で購入 冒頭～一人称は俺～ 「はじめに」の章にて、著者の一人称が俺であることにまずはビックリ。 どんな人が書いているんだ？と著者名をググってみると、想像と180度違う爽やかめのメガネ男子が出てきました。 タイトルの厳つさから、白髭を蓄えたおじいさんを頭に浮かべていた私は、まずそのギャップにキュンとするのでした…。 序章「好きなこと」とは何か？ この章では、消費社会における需給の実態について書かれていました。 私たちは、需要があるからそこにモノが供給されると思いがちですが、実は逆で供給側が需要を操作していると。 ネットショッピングでオススメされた商品をついついポチってしまいがちな当時の私は共感せざるを得ない内容でした。 人類はみなドM？ 次章ではかの有名なパスカルやニーチェを紐解きながら、暇と退屈に迫っていきます。 彼らによれば、人間の根源には「自分を掻き立てるような苦しみ」を求める性質があるそうです。 ギャンブラーはお金儲けしたいから、ギャンブルに身を投じる訳ではなく、賭けるという行為そのものによる気晴らしを求めているそうなのです。確かにギャンブルは確率的に勝てないということが周知の事実ですよね。それなのにあれだけ中毒性があるのですから納得感があります。 結局、人は部屋でじっとしてることができないので、熱中できる気晴らしを求める。たとえそこに痛みが伴おうとも。 なんだかミスチルの歌詞みたいになりましたが、人間の本質はドMなのかなと思いました…。 暇と退屈の定義 中盤では、暇と退屈の定義について触れられてます。 暇：何もする必要のない時間。つまり客観的な条件に関わる。 退屈：何かしたいのに出来ないという感情や気分。つまり主観的な状態。 これを読むと、冒頭の私は厳密には、暇潰しではなく退屈潰しをしたかったのかぁと思いました。 昔の貴族たちは、暇を生きる術を知っていた。ただ、社会が大衆化し、労働者階級もまた余暇を手にするようになってからというもの、暇を生きる術を知らない人達が暇を持て余し、退屈する。 そんな図式がこの世の中には存在しているそうです。意外と暇は少ない？ 際限なき消費 続いて、浪費と消費についての説明が為されます。 私の中でこの２つは混同していたのですが、本書によると…。 浪費：必要を超えて物を受け取ること。すなわち贅沢の条件。 消費：物に付与された観念や意味を受け取ること。 浪費には上限があるが、消費には上限がないようです。上記の定義に沿うのであれば、消費の代表格がブランド物とかになるのでしょうか。消費活動が退屈を凌いでくれる…。なんとも現代的な感じですね。。これが冒頭の供給側が需要を作っているということに繋がっているのでしょう。 ３つの退屈 ここまで読んでなんとなく、人類の歴史＝退屈との戦い？的なイメージを持ちました。 「存在と時間」で有名なハイデガーさんによると、そんな巨人たる「退屈」にも３つの分類があるそうです。 空虚放置のパターン　ex.待ちぼうけの時間 気晴らしそのものが退屈パターン　ex.参加してみたらつまらなかった飲み会 「なんとなく退屈だ」パターン ざっくり①.②.③の順で重たいものとなるらしい。なんとなく退屈という声をなるべく遠ざける為に、私たちは必死に動き回り、時に危険も冒すということみたい。なんか哲学って感じがしてきました…。 人間と動物で世界の在り方が違う？ [&#8230;]</p>
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