癌と闘病する若い患者さんから学んだこと【AYA世代患者との忘れられない出会い】
看護師を始めて数年になるが、今でもよく思い出す、ある患者さんとの話。
わたしが看護師一年目のとある日勤の日のこと。癌で抗がん剤治療を始めたばかりの30代の女性の患者さんを受け持った。
「AYA世代」とは
その患者さんはいわゆる「AYA世代」です。
AYA世代とは、Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)の頭文字をとったもので、主に、思春期(15歳~)から30歳代までの世代を指しています。
日本では、毎年約2万人のAYA世代が、がんを発症すると推定されています。AYA世代でがんを発症する人は、1年間でがんを発症する人100人のうち2人程度です。年代別にみると、15~19歳が約900人、20歳代は約4,200人、30歳代は約16,300人です(2017年)。
(がん情報サービスより)
私の働く病院でも、AYA世代の患者さんが多くおられます。
いわゆる、子育てや働き盛りで、自身の役割を果たしながら治療を継続するという難しさを抱えた世代でもあります。
何もできなかった私
治療を始めて2日後くらいから吐き気や倦怠感が強くなり、ほとんど食事が取れていなかったが、次第にそれもおさまり、活気を取り戻しておられた。
今日は少し楽だし、久しぶりにお風呂に入ろうかな。
彼女がそう言ったので、私は浴室を予約した。
いってきまーす。
時間になると、久しぶりの入浴に嬉しそうに彼女は浴室へ向かい、私はそれを笑顔で見送った。
しかし、予約枠終了の時間を過ぎても彼女は一向に浴室から出てこない。私は心配になり、様子を見に行った。
〇〇さん?大丈夫ですか?
ノックをし、声をかける。しかし返答がない。
〇〇さん?大丈夫ですか?入りますよ?
何かあった時に浴室にすぐ入れるように、入浴中は鍵をかけないよう、入院日に全患者さんに説明している。そのため鍵はかかっていなかった。
私はドアを開けた。
すると彼女は、脱衣所の椅子に座り、うつむいていた。
私は驚き、声をかけた。
〇〇さん、どうされました?
すると彼女は
ごめんなさい、お風呂の時間過ぎてるのに、、頭洗ったら毛がたくさん抜けて、、
先生からも薬の副作用で髪が抜けるって聞いてたから、わかってたはずなのにね、、、
ほんとに抜けるとびっくりしてしまって、、悲しくて、、
と言って涙をぽろぽろと流していた。
私はそれを聞いてなんと声をかけたらいいのかわからなかった。
ただ、抗がん剤の吐き気なども乗り越え、治療を頑張っているのに、なんでこの人はまたこんなに辛い思いをしなくてはならないのだ。この病気はこの人をどれだけ苦しめるのだと、悔しくて涙が出てきた。
私が泣いていることに気付き、彼女は慌てて
泣かないで。ごめんね、ごめんね
と私の背中をなでてくれた。辛い思いをしている彼女に何も声をかけることができず、さらに気まで使わせてしまったと、私は無力感に苛まれた。
その日は自宅に帰っても、ずっとこのことばかり考えていた。
その後の勤務でも彼女を受け持ったが、彼女が涙をみせることはもうしなかった。
患者さんに向き合うということ
何クールかにわたる治療を終え、彼女は退院の日を迎えた。
退院の日、彼女の部屋に行った。
退院おめでとうございます。お大事にしてくださいね。
ありがとう。これ、あなたに渡したくて。
と、1通の手紙をくれた。
病棟の医師、看護師に見送られ、彼女は笑顔で退院していった。
私は自宅に帰って手紙を読んだ。
●●さんへ
入院中はお世話になりました。
覚えてるかな?髪が抜けて、浴室で泣いてしまった日、あなたは一緒に泣いてくれましたね。
あの時、あなたが一緒に泣いてくれて、私は本当に心が軽くなったんです。辛かったけど、それをあなたの涙が半分にしてくれました。
本当にありがとう。
大変な仕事だけど、体に気をつけてくださいね。
そう記されていた。
私は涙が止まらなかった。
彼女の抱える想いに、少しでも寄り添えていたのかな、、と思った。
その後彼女は外来で治療を続け、病気は完治し、今は仕事にも復帰しているそうだ。
患者さんにとって1番身近な医療職として、気持ちに寄り添う。
看護師という仕事の役割を私は彼女との関わりを通して学んだ。